オリンピックエンブレムについて思うこと。
歴代エンブレムの素晴らしさ
1984年のロサンゼルスオリンピック以降、スポーツの商業化によりエンブレムの役割が変わりました。それまでもポスターや会場のサインなどに使われていましたが、ロサンゼルス以降は「商品」としての価値が生まれました。グッズなどでの展開、テレビ映像での演出です。
デザインは商業利用しやすいようモダンになり、開催国らしさに加えスポーツマインドが表現され、オリンピックにふさわしいエンブレムになっています。一覧して見ると、スポーツの大会であると同時に、デザインの大会であるようにも感じられます。
そんな重要な意味を持つエンブレム…オリンピックの東京招致が決まった時、「誰がデザインするのか」とまず頭に浮かびました。
東京オリンピックのエンブレムはどのようにして日本らしさとスポーツマインドを表現するのか、この難題に誰がどのような答えを出すのかを楽しみにしていました。昨年の夏、佐野氏のエンブレムが発表された時スポーツマインドが全く無いデザインに、逆にこういう解決策もあるのか…と新鮮に感じたことを覚えています。しかし、世間の不評と佐野氏の他の仕事での姿勢が問われ、エンブレムはオープンなコンペで仕切り直すこととなりました。
コンペ参加で考えたこと
エンブレムには開催国らしさとスポーツマインドが必須。それによって誰からも愛され、10年・20年経ってもどこで開催したかが分かるデザインになる…。
東京オリンピックエンブレムの難しい点は、日本=和 の表現は「動」ではなく「静」のイメージが強く、スポーツマインドと結びつきにくい。また前回の東京オリンピック亀倉氏デザインのハードルがとてつもなく高く、多くの人がそれを基準に見てしまう。
難題ではありましたが、コンペ参加を決意。ひとり1案というのも難しさに拍車をかけ、何をテーマにすべきか悩みました。「桜」を選んだのは、招致シンボルの評判が良かったことと、「日本=桜」という直球で勝負しようと決めたからです。
デザインしてみると、桜は綺麗にまとまるけれどスポーツマインドからは遠い。試行錯誤の結果、桜の一部を筆のタッチにして和を強調し動きを出すというデザインにたどり着きました。
パラリンピックは、花びらの組合せと色を変えることで解決。
開催国らしさとスポーツマインドを同時に表現でき、カラフルな和の色使いで街での展開も華やかになると自信を持っていたのですが、残念ながら決勝戦に進むことはできませんでした。
4作品を見て感じたこと
テレビで発表された時、自分と各々の作品の発想の違いを感じ、個性的なデザインに感心しました。
しかし時間をおいて見てみると、こんな感想を持ちました。
A. 組市松紋:佐野氏デザインは色がなく、暗いという印象も大きなマイナス点(一般の意見)でした。フェスティバルの華やかさの不足。A案にもこれが当てはまり、なぜ選ばれたのか不思議です。
B. つなぐ輪、広がる和:和と人をモチーフにし、日本とスポーツらしさを表現。しかし人のデザインが今までのオリンピックに比べ劣っており、このアプローチの難しさを感じました。
C. 超える人:風神・雷神をモチーフにしたという説明ですが、人から受ける印象にアスリートらしさが感じられない。
D. 晴れやかな顔、花咲く:綺麗で爽やかなデザイン。難しいことですが、これにスポーツ感がプラスされるともっと良くなる。オリンピック以外のシンボルにも転用できるのがマイナス点。
結果、エンブレムデザインの難しさを再認識させられました。
商標登録(類似チェック)の高いハードル
最終案に8点が残り、うち商標チェックで5点が落ちた、と報道されています(その後1点追加され4点を発表)。
そもそも商標権とは、登録者に与えられる独占的な使用権のこと。日本では45の区分に分かれていて、たとえば「1類:工業用、科学用又は農業用の化学品 他」「45類:冠婚葬祭に係る役務,警備,法律事務 他」となっています。通常は、その会社やサービスが関係する区分に登録し、よほどのことがない限り全てに登録することはありません(それだけお金もかかります)。
オリンピックではこれを(おそらく)世界中で行い、類似を全てクリアしなければならないという高いハードルがあります。
登録は先願性で、いいデザインでも類似があれば登録できません。今回類似で落ちたエンブレムは公表されていませんが、優れたデザインが含まれていた可能性があります。厳しい言い方をすれば、この4案しか残らなかった、と言えるのかもしれません。
また、類似の判定にも明快な基準がある訳ではなく、受付けた役人が判断します。日にちを変えて申請すれば大丈夫だった、という笑話もあります。たとえば右図左上の「赤い丸」が登録されていた場合(実際には一般的な図形なので登録出来ませんが)、どこまでが類似なのかとても判断ができません。
60数点の公表を望む
コンペでは多くの場合、落選作は公表されません。しかし今回のコンペは、デザイナーにとってはデザインのオリンピックであり、自分がどの位置にいたのか他の作品と比べて確認したい人は多いはず。商標チェックで落ちた5点と、それが何と類似であったかも知りたい。
世界で類似をクリアしなければならないエンブレムデザインの難しさ、それら全てをクリアしたのが最後の4作品である、という説明であれば納得出来ます。
出品作にはタイトルと説明をつけます。出品者がどのように考えたのか、デザインの「教材」としても貴重な資料となります。2次審査(JAGDA会員=プロが選考、1次審査は要件を満たしているかのチェック)を通過した60数点の作品の公表はとても意味があり、ぜひ実現してほしいものです。
アプリケーションデザインへの期待
エンブレムのデザインはそれだけで完結するものではなく、オリンピック全体のデザインへ広がります。
たとえばシドニーのエンブレムは、オーストラリア先住民の道具「ブーメラン」をモチーフにしており、それが競技のピクトグラム(絵文字)へと展開されています。
北京のエンブレムは、甲骨文字と青銅器に刻まれた金文文字、さらに印鑑に使われる書体「篆書」を融合したデザインで人を表現。ピクトグラムへと展開されています。
東京オリンピックは果たしてどのようにアプリケーションされ広がりを持ったデザインとなるのか、とても楽しみです。
※原稿はエンブレム決定以前、4月20日作成。
また、デザインに焦点を絞るためオリンピックだけの話にしました。
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